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哲学とサイエンスの畜産農家〜梶岡牧場:後編

哲学とサイエンスの畜産農家〜梶岡牧場:後編

山口県美祢市を拠点に繁殖・肥育・提供と一気通貫の経営を行う梶岡牧場の梶岡秀吉さんに対して、三田国際学園で生物を教える大野智久先生がインタビューするコラムの後編です。

■最先端テクノロジーで効率化

ーー今後の展開にはマンパワーも必要ですね。人材問題についてお聞かせください。

kajioka

「人の手に頼る必要のないことは可能な限り機械化しています。例えば、牛にはデバイスをつけて1頭ずつクラウド管理しています。発情したらアラートが鳴り、受精の適切な時期も分かるんですよ。夜中でも通知されるので、人間が気付かない部分までカバーできます。このほかに、カメラでリアルタイムの牛の状態を観察できるようにしたり、給餌ロボットで適切な量のエサを与えるようにしたりしています。

もちろん最終的に人間の目で確かめることは大切ですが、畜産はとても利益率が低いので、効率化は重要です」

ーー畜産は利益率が低いとのことですが、その理由は?

「飼料をほぼ100%輸入に頼っている部分が大きいでしょう。今はウクライナ問題などで飼料価格が過去最高値を更新していますが、それを肉の販売価格に転嫁できないのが悩みです」

■餌へのこだわりと徹底した健康管理

ーーエサについてもう少し教えてください。

「麦やトウモロコシなど人間が食べられるものを飼料として使用することへの批判もありますが、これらの飼料は茎などを含め86%は人間が食べられない部分です。それを牛が食べて体内でタンパク質に変えて、おいしい肉になるのです。

また、牛の腸内環境をよくして健康に育てるために、飼料は発酵したものを与えることにこだわっています。具体的には酒粕や醤油粕,米粉など混ぜて再発酵させたものを使っていますが、お酒を作るような感覚ですね。牛の腸も健康になるし、ほろ酔い気分で元気になりますよ。」

ーー人間だと腸活は常識になりつつありますが、牛も同じなのですね。

「そうなんです。例えば子牛はウイルスや細菌に弱いため非常に下痢をしやすいのですが、腸内環境が良くなることで病気になりにくくなります。

そのためにも子牛のときのエサは重要で、消化不良や胃の負担にならない適切なものを選ぶ必要があります。そうすれば健康な胃腸に育ち、免疫も上がりますよ。しかし、その重要性に気付いていない畜産農家も多いようです。」

ーー生まれたてのときに腸内によい菌を入れることが重要なのですね。

「そうなんです。そのために子牛に最初に食べさせるものにはこだわっています。また、床が汚いと悪い菌が母牛の乳についてしまいますが、乳を吸った際に大腸菌が入ってしまうとアウトです。そこで、大腸菌が入る前、乳を飲む前に初乳製剤を与えます。

さらに、子牛を生む前の母牛にワクチンを打ち、母牛の乳から免疫を得られるようにしています。その取り組みをして以降、子牛が下痢などで死ぬことがなくなりました。

床をきれいに保つことは重視していますが、畜舎消毒はしていません。消毒をするとよい菌も殺してしまうからです。もちろん風邪を引いたら抗生剤を使いますが、その場合も腸内細菌が死滅しないように整腸剤を同時に摂取させます。」

ーー牛の健康管理でほかにも気を配っていることは?

「3種の専門獣医さんと契約しています。栄養管理と飼料設計専門の獣医、飼養管理やワクチンなどの疾病管理の獣医、実際に病気になったときに治療してもらう獣医の3人です。四半期ごとに血液検査も行い、免疫状態も見てエサが適切かなどを調べています」

■「命をつなぐ」という哲学

ーー梶岡牧場の取り組みには、哲学とサイエンスの両輪が生きていますね。利益だけを追求していると両方欠けてしまうケースが多そうです。知識と技術と経験すべてが最先端ですね!

「自然の摂理に沿って、牛たちにとって何が一番いいかを考えているだけです。牛が健康できちんと育ってくれることで、その結果が自分に返ってきます」

ーー梶岡さんの取り組みを畜産農家のみなさんに知ってほしいと感じる一方で、一般の畜産農家さんでアニマルウェルフェアが行き届かない理由もわかりました。

「梶岡牧場は畜産関係では異端児で、命を奪わず生産する培養肉や代替肉にも大賛成です。とはいえ畜産をやっている以上、私は『命をつなぐ、しかも喜ばれる命をつなぐ生産』を大切に考えています。それが自分の生きざまであり、その哲学をお肉にきちんと乗せていけば、支持もしてもらえるのではないでしょうか。人も牛も食べたもので身体はできています。だからこそ、ストレスなく育った健康な牛肉をしっかり届けたいと思っています」

ーー消費者も生産された肉の背景まで知り、エシカル消費*を心がける必要がありますね。

「消費者が見極めることが大切ですね。多感な中高生のときに、判断軸の下地を作っていただけると正しい目できちんと判断ができるようになるでしょう」

ーーそこは教育の役割ですね!

「ぜひお願いいたします!」

エシカル消費|消費者庁より
消費者それぞれが各自にとっての社会的課題の解決を考慮したり、そうした課題に取り組む事業者を応援たりしながら消費活動を行うこと。

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